Title
微分方程式とマルチエージェントを組み合わせたパンデミックシミュレーションとインフルエンザ感染拡大予測

Authors

豊坂 祐樹


Source
九州工業大学大学院情報工学研究院情報科学博士論文(情報工学、情工博甲第236号), pp. 1-100 (2010.1.19)

Abstract
 パンデミックシミュレーションとは、考えられる状況を想定したいくつかのシナリオにそってシミュレーションを行い、その結果をもとにリスク管理を行なうシミュレーションのである。多数のシミュレーションを実行しなければならないので、計算アルゴリズムや計算コストが重要になってくる。
 今日のようにコンピュータがあまり普及していなかったときには、疫病感染については個体の動きを考えずもっぱらマクロな計算を行っていた。ケルマックとマッケンドリックによる微分方程式モデルである。このモデルでは、 人を、(感染可能性のある)susceptible, (感染してしまって他人に感染させる可能性のある)infected, (回復したか、死亡して二度と感染状態にはならない)removedの3つに分け、susceptibleのいくらかはinfectedに、またそのうちのいくらかはremovedに移行するというモデルを微分方程式に表したモデルである。これはSIRモデルと呼ばれる。方程式を支配するパラメータ数が少ないため計算コストは小さいが、地域性や住民の構成などさまざまな社会的な要因によって疫病伝搬の様相を詳細に状況設定できない欠点があった。
 コンピュータ能力が格段に上がってきた今日、人と人との接触など詳細な人の動きを記述できるエージェントを使ったモデルが現れてきた。このモデルでは、実際の都市環境、人(エージェント)の特徴、および人の動きが詳細に記述できるため、個人単位でのシミュレーションを行うことができる。しかしながら、詳細な設定が可能な反面、計算コストは大きくなる。多数のシナリオを想定した高精度なシミュレーションを行うにはかなり能力の高いコンピュータが必要になる。このモデルをMASモデルと呼ぶ。
 そこで、ある程度は詳細なシナリオを反映できて、かつ計算コストが大きくならないように、両者のモデルを組み合わせたシミュレーションモデルを提案したのが本論文の主題である。この方法をMADEと呼ぶ。MADEでは、まずエージェントモデルと同じことシミュレーションの初期の段階に行ない、得られた情報からSIRに引き継ぐパラメータを求め、そのパラメータを用いてSIRの計算を行う。こうすれば、比較的小さい計算コストで多数のシナリオにおけるシミュレーションが可能となる。この方法の妥当性については、MASを最初から最後まで通したシミュレーション結果がMADEによるシミュレーション結果と合致しているかを確認することによって得られる。MASからSIRへの引き継ぎ点を様々に変更させながらこのことを調べた結果、MADEによるシミュレーションの妥当性を示すことができた。また、計算については、10000人規模で5桁の比で押さえられ、MASの計算コストは人口の2乗に比例することから大幅な低減になっている。
 次に、実際に観測されたデータをMASの部分に置き換えることで、MADEと同じように感染者拡大の予測を行なうことができる。論文の後半は新型インフルエンザの拡大予測である。WHOに公表されているデータをもとに、代表的な国と全世界での感染拡大予測を行なった結果、特に日本での観測結果とシミュレーション結果は現在まで比較的良く合致していることが分かった。そこで、この方法により学校閉鎖の有効性を検証することを試みた。その結果、感染拡大が極めて初期の頃とピークを過ぎたときの閉鎖効果は劇的であるが、拡大が成長する段階である程度の感染者数が存在する場合、閉鎖しても一時的には感染者は増えないが、潜伏期間中であった感染者による再拡大が発生するなど新しい知見が得られた。このことは、インフルエンザで観測されたことと合致していることが分かる。
 MADEによるパンデミックシミュレーションは、以上のように、1)シナリオを想定した場合でも有効性が示され、2)実際のインフルエンザ拡大予測についても妥当性が示された。

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