九工大新聞コラム 廣瀬英雄 
2008年度1号 3/23/2008 

3Cのすすめ

 電気工学で扱う電界計算と機械工学で扱う熱計算は、根が同じ方程式であり言葉が違うだけ、というのは皆さんが知っているとおり。これをアナロジーと言う。違うところで同じことをやっている例は他にもある。
 最近、JAMSTEC*1の研究者と話をする機会があった。IPRC*2(UHM*3)に行ったときのことである。気象の(deterministicな)数値予測に(probabilisticな)統計学がどのように関わることができるかということを議論したかったのだが、話が気候変動(climate changeではなく、climate variability)に移ると、SVD*4が話題になった。もう一つ別のところの話。推薦システムを強力にするためにNetFlix社*5が出した懸賞付きのアイデア募集の中でも、SVDが話題になっている。マトリクスの次元と欠測値が大きいからこそ問題なのである。全く違った分野だがどちらも同じ話をしている。
 気象予測でもう一つ。全球上で(流体の)微分方程式を解く際に、初期条件と境界条件を入れる必要がある。観測データをこれにあてはめることをデータ同化*6と言うが、これが結構大変である。観測網が充実している地域は限られているからである。実は、データ同化という概念は気象分野だけに限らず、シミュレーション*7と実験(観測)とを結びつける新しい研究領域として今後注目されると考えられる。例えば生命科学。これも対象は全く違うが同じ話に行き着く。
 異分野を見渡すとき、自分が追求していた分野内では見えなかったことが見える場合がある。探そうとしていた宝に巡り会えるかもしれない。だから、他の分野にも興味を持つといいよ、ということが一番はじめに思いつくことである。ところが、異分野の宝を見つけることもそう簡単ではない。まず、異分野の成果が宝として見える目を持っているかどうか。このためには、自分の領域のことを相当詳しく知っておく必要があるからである。自分の専門性については深い見識が要るということである。それから、異分野に興味を持つといっても、どの異分野に踏み込んだらいいのだろうか。これに関連して、重要なことがもっと別にある。
 一つの分野を深く突きつめていくと、実は異なった分野でもそこで問題になっている本質的なことが自然に分かってくる。このことは「深く掘り下げる」ということと反対の感覚になる。つまり、「高いところに上ると全体が見渡せる」という感覚の方が正しい。専門分野がどんどん狭くなっていく研究姿勢よりも、深めれば深めるほど全体が見えてくる研究姿勢が好ましい。そうすれば自分の領域の幹が見え、隣やその隣の幹も見えるようになってくる。それが宝となる。先のMaxwellの方程式、SVD、データ同化は幹であり宝である。
 もちろん、日頃からあらゆることに興味を示しておかないと見えてくるものも見えないし、通りすぎることさえ気がつかない。だから、あらゆるものに注視するCuriosity(好奇心)と、あることを深めるConcentration(集中力)が同時に重要だということだと思う。そしてそれをCrazy(熱狂的)に取り組めれば人生は楽しい。私は自分も常にこういう姿勢でありたいと考え、これを3Cと呼んでいる。
 参考用語:
*1JAMSTEC:独立行政法人海洋研究開発機構(Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology:ジャムステック)。
*2IPRC:International Pacific Research Center。
*3UHM:University of Hawaii at Manoa。
*4SVD:特異値分解(singular value decomposition)。Pseudoinverse、Solving homogeneous linear equations、Total least squares minimization、Matrix approximationなどに応用される。
*5推薦システム:例えばAmazon.comの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というように、特定のユーザー向けの商品を推薦してくれるシステム。
*6NetFlix:1997年設立レンタルDVD会社の最大手。2006年10月に100万ドル賞金。
データ同化:Data Assimilation。データをモデルに導入する、あるいはモデルをデータに合わせることで、(1)さまざまな時間、場所、種類のデータから、将来予測のための初期条件を作る(2)まばらなデータから、ある原理に基づき、時空間補間をして連続場を作る(3)決められた時空間におけるデータから、ある原理を満足する場を作る初期条件・境界条件、あるいは原理に含まれる係数を求める(4)感度実験を効率的に行う、ことを指す。
*7シミュレーション:実験・訓練を目的とし、複雑な事象・システムを定式化して行う模擬実験のことであるが、ここではコンピュータによるシミュレーションを指す。