九工大新聞コラム 廣瀬英雄 
2004年度1号 5/16/2004

頂に至る道はいくつもある

 私が学位論文取得を目指し、その主テーマを「ストレスと破壊値との関係」に求めようとして指導教官にご相談に伺ったときである。指導教官は学会の重鎮でもあり学部長でもあった多忙な方であった。が、要領を得なかったと思われる私の説明にも一通り耳を傾けていただいた。そしてこう言われた。頂に至る道はいくつもある。君はストレスの1次元で考えているが、これに時間を加えて2次元で取り組んでみなさい。その直後から、それに関する文献を調べ、主だった学会に参加し、ゴールへの道程を描き直した。細い道は一挙に広くなり、そして計画は順調に進む。その一言は私にとって「開眼」の言葉であった。
 自分の世界に閉じこもって思いをめぐらしても、最適と思いこんでいる解はせいぜい局所的な解でしかあり得ない。思い切って歩幅を広げてみると、目の前にあった壁を乗り越えることができ、より広い範囲の中の最適解が見つかる場合がある。いや、むしろ多い。
 自分はシステム創成(制御システム)という学科に入ったのだからとにかくこの道を究める。情報工学部に入ったのだからまずは情報で飯を食えるように頑張る。研究職を選んだのだからそれにふさわしい資質を磨かなくては話にならない。一旦会社に入ったらとことんその会社とつき合ってみる。そのとおりである。考え込んでいるより手足を動かして感覚をつかむ方が先だから。そこで探すものが見つかれば言うことはない。しかし、先に言ったようにそれは狭い範囲の最適解かもしれない。だから、自分をより自分にふさわしい状況に置くには、一度踏み外してみる必要がある。それには、誰からか押されるとか、自分自身の意識を高めるとか、定常的な状態を越えたエネルギーが必要になる。このハードルは結構高いのかもしれない。しかし、エネルギーをもらうチャンスを作ることはそう難しいことではない。
 非日常を作る。つまり、1)いつもと違った人と交わる、2)遠い旅に出る、3)自分の専門と違った分野の本を読む、4)芸術に触れる、5)志を高く持つ、といったことである。それらを試してみると結構効果がある。それでもどうしても壁にぶつかって進む道が見つからないときは、こういう選択もある、6)「それ」をあきらめて、別の道を歩む。
 「生きる」ことは、自分を表現することである。その方法に「これしかない」というものはない。一所懸命頑張ってなかなか思うようにいかないとき、最後には自分で見つけ出さなければならないが、時には誰からかヒントを教えてもらって、時にはルートを変えて、あるいは目標も変えてもいいから、自分を表現できる生き方を探しながら、一瞬でもいいから「生きていて良かった」と思うことがかなえられるように、肩の力を抜いて非日常を覗いてみたらどうだろう。あるいは視点を変えてみたら。「何だ、これで良かったのだ」、と思えればしめたものである。